甘い神罰 【たいじや -天の盃- 後日談】 |
とある昼下がりの午後。 平日とはいえ、天気が良好ならば出掛ける者も多い。 みな買い物や遊びに疲れたのだろう。ガラス張りの喫茶店店内は適度に混雑していた。 誰もがゆったりとした時間を楽しんでいる、その空間の一角に。 少々疲れた色を見せながらも表情を弾ませた彩華が座っている。普段から血色の良い肌をさらにツヤツヤと輝かせ、実に楽しそうな雰囲気を醸し出している。 そんな彼女を慈しみと苦笑の混ざりあった眼差しで見つめているのは、向かいに座る詠だ。 「……なによ」 視線に気がつき、幾分か不快を滲ませて彩華が問う。 「いやなに」 睨めつけるような視線を正面から受け止めて、詠は口元を緩めた。 「実に活き活きとしているな、と思ってな」 「駄目?」 「楽しいことは悪いことじゃない。どうしてそう思う?」 「う、ん……」 軽くいなされ彩華は口籠った。 半目になって真意を探ろうとするが、相手はそれを笑顔で綺麗に隠している。 もしや気にしすぎなのか……と彩華は考えたが、すぐさま思い直す。 こんなときの己の勘は間違いじゃない。何かを企んでいるような、そんな気がする。 じっくりと詠の様子をうかがうが、やはりボロは出さない。 彩華が探りを諦めてコップの水を口にしていると、 「お待たせいたしました」 ウエイトレスがにこやかな笑顔で立ち止まった。一声かけてから注文の品をテーブルへと並べてゆく。 彩華の前にはミックスベリーと生クリームを上にのせたアメリカンワッフルが置かれた。 焼きたての美味しそうな香りが漂う。フォークで刺すと、さっくりとした感覚が伝わってきた。 「うまいか?」 「うん」 「少しくれ」 「いいよ」 皿を彼の前に移動させようとした彩華はぴたりと動きを止めた。瞬きを忘れるくらい凝視する。 詠の口が「あーん」と言わんばかりに開かれていた。 「……」 「……なんだ。食べさせてくれないのか」 慎ましく開かれていた口を閉じて、詠は頬杖をついた。 「今までやったことないじゃない。急になに」 「約束したろう」 「約束?」 呟いて考えを巡らせる。 このような約束など、した覚えは……――あった。数日前、夜中に入ったレストランで。 「あれは、月影とよ」 しかも不本意な約束だ。必ずするとも言っていない。 「どちらも変わらん」 「恥ずかしいから嫌」 「そう言うだろうとは思っていた」 「だったら……これ、単なる暇つぶしの嫌がらせにしか思えないんだけど。月影と約束したからって訳じゃないんでしょう」 とにかく理由を聞かねば納得できない。 説明を促すと、 「ふむ……そうだな」 詠はしばらく逡巡してから彩華を見る。 「舞が少々気に入らなかったから、お前が言うところの嫌がらせ?」 澄まし顔でそう言った。 対する彩華はいささか機嫌を損ねて反論する。 最近舞った中では一番の出来だった、と自画自賛してもいいはずだ。 「たしかに、近年稀に見ない良い舞だった」 詠が頷く。 だったらなぜ。 釈然としない彩華は、更に詳しい説明を求める。 「重心がずれていたからなぁ。ところどころ」 「……それだけ?」 「それだけ、じゃないだろう。舞は重要な役割だ。神へ奉納する物をいいかげんにされては困る。気づいたのは、俺の他には月影と朔也くらいだろうが」 ごもっともな言い分に彩華は言葉を詰まらせた。 時折、あまりにも人間くさく感じるので忘れそうになるのだが、彼は立派な月詠神社のご祭神であらせられる。神事に関しては特に手厳しい。 「恥ずかしいじゃない。人いるのに」 それでも、蚊の鳴くような声で抗議する。 「自分が思っているほど、周りの人間は注目などせん。自意識過剰だ」 ああ言えばこう言う。約束を果たさない限りは次に進めなさそうだ。 この後は映画を観ることになっている。 意を決した彩華は、一口分のワッフルをフォークに刺した。 |