Mon petit mouton-モン プティ ムトン- -Episode Extra-



 馬の走りに身を任せながら、ミシェルはぼんやりとしていた。
「ミシェル、休憩する?」
 斜め後ろから声がかかった。馬車を操っているアドルファスだ。
「平気よ。少し眠いだけ」
 肩越しに振り返ると、心配そうな顔が見えた。ミシェルは大丈夫だと知らせるために右手をひらりと振る。
「りょーかい。早い方がいいもんね」
 ミシェルは頷こうとして、あっ、と声を出す。
「私は平気だけど、アドルフが休憩したいのなら言ってね?」
「あー俺は丈夫だから、しばらく眠らなくても動けるよ」
 そう言ってアドルファスは陽気に笑う。
 ふと疑問に思ったミシェルは手綱を軽く引いた。馬は速度を落とし、馬車と並ぶ。
「ん? どうしたの?」
「少し話してもいい?」
 屋敷を出発してからここまで、ふたりが言葉を交わすことはほとんどなかった。
 馬と馬車。それぞれを操っているので、ふとした拍子にぶつかってしまう可能性があった。馬での散歩を楽しんでいるのとは違い、それなりに速度は早い。
 さらにこの道は盗賊が出る。
 森の奥の化け物屋敷≠フ噂のおかげで悪人がのさばることも少なくなったが、用心するに越したことはない。
 アドルファスが鼻を鳴らすような仕草をした。
「怖い人の匂いもないし、警戒しなくてもよさそうだね」
「それなら良かった」
 ミシェルはにこりと笑う。
 アドルファスが一緒だから怖いという気持ちはこれっぽっちもなかった。ただ、せっかくの会話を邪魔されるのは嫌だった。
「魔物って、主な活動はやっぱり夜なの?」
「まぁそうだね。俺は人間相手に商売始めてから昼間起きて夜は眠る生活になったけど、夜更かしも平気だよ」
 話はしているものの、視線はほとんど前方に向けているので、ミシェルは気づかなかった。
 アドルファスがにんまりと、意地の悪い笑みを浮かべていることに。
「望むなら、空が白むまで付きあっちゃうよっ。今夜ミシェルの部屋に忍んで行っちゃおうかなー……いてっ!」
 アドルファスの悲鳴の前に、風を切る音が聞こえた。
「えっ! なに?」
 まさか、盗賊が……?
 ミシェルの顔がみるみるうちに青ざめていく。
「いや……これは……っ」
 がん、と今度は物がぶつかる音がした。
 必要があれば彼は「馬を止めろ」と言うだろう。
 ミシェルは横の馬車を気にかけながらも己の馬を走らせる。
 男の低い唸り声がした。
「――獲ったぁ!」
 今度は嬉々とした声音が辺りに響いた。
「ミシェル、止まって!」
「――っ」
 突然の指示に慌てて手綱を引く。馬は小さく嘶きながら止まった。
 何がどうなっているのか見当もつかず、ミシェルは呆然と馬車を見つめる。
 馬車の従者席ではアドルファスが小さなモノと戦っている――ように見えた。両手でしっかりと押さえこまれているそれは、白い生き物のようだ。
「こら落ち着け。俺が捕まえたんだから俺の勝ちだ」
 アドルファスが得意げに鼻を鳴らすと、手の中の生き物はようやく大人しくなった。
 手の隙間から顔を出したそれは、白い鳥だった。
 ミシェルは首をかしげる。
「……似てる?」
 鳥の区別がつくわけではなかったのだが、そんな気がした。屋敷でクリストフにもらった、伝書の鳥に。
 彼女の言わんとすることを理解したのだろう。アドルファスは渋面を作り、鳥を睨みつける。
「こいつはクリスの使い魔だよ。監視のつもりか羊め」
 返答するかのように鳥が鳴いた。
「いっ!」
 がぶりとアドルファスの手に噛みつくと、鳥はするりと脱出した。そのまま羽を広げてふたりの頭上を旋回している。
 しばらくして、鳥はミシェルの肩にとまった。馬車の方を見やり、楽しげに囀っている。
「クリスも一緒に行くの?」
 訊ねると、鳥はミシェルの頬に擦り寄った。目を瞑り上機嫌な様子だ。
「……あとで焼いて喰っちまうか」
 白い鳥は不満たらたらなアドルファスを無視して、一層高い声で鳴く。
 それが合図となった。
 馬車と馬はふたたび走り出した。





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