たいじや -天青の夢- 序章 桜月
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――出会いは 桜の季節だった――



 わたしの家は代々神社である。が、ただの神社ではない。
 魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)する(いにしえ)の時代より千と数百年余。かの平安京から遠く離れたこの地にも(あやかし)は数多く巣食っている。
 当時よりも少なくなったとはいえ、妖たち――特に怨霊の類は今だ消えない。
 平安時代から宮廷に仕えている陰陽師(おんみょうじ)は、現在、特殊急襲部隊(とくしゅきゅうしゅうぶたい)に含まれる。オカルト担当の警察官≠ニいったところだ。
 国が決めた術者以外は外法師(げほうし)と呼ばれる。その外法師がわたしだ。
 警察沙汰にするほどではない出来事――いわゆる付喪神などの調伏依頼――を解決するのがわたしたち外法師の仕事である。
 わたしは外法師≠ニ呼ばれるのがあまり好きではない。外≠ネんて、お前は正統じゃない異端だと言われている気がするからだ。
 なので、以前、近所に住む女の子に言われた「おねえちゃんは、たいじやさんなんだね」という言葉を気に入り退治屋≠ニ名乗る事もある。
 しかし外法師と言わないと通じない時もあるので、普段はそっちを使用している。


 彼との出会いは桜の季節だった。
 わたしはその頃の事なんてほとんど覚えてないけれど、その時(・・・)の事ははっきりと思い出せる。
 高村家に生まれた女が三歳になると、ある儀式を行う。
 満月の夜、本殿へ連れていかれた。正装した両親は、少し怖い顔をしていると思った。三つ離れた兄貴の顔もだ。
 雲に覆われ月は見えない。
 動きにくい巫女の衣装を着せられ、子供の自分は、いつもとは違う雰囲気に泣きそうになった。
 嫌がるわたしの手を取り、古めかしい巻物に触れされられる。
 指先がちくり(・・・)としたかと思うと、はらり、と巻物の紐が自然に緩んだ。どんな力が作用しているのか、これは選ばれた巫女にしか開けない。


 ざぁ……と桜の花びらが舞う。
 いつの間にか厚い雲は消え去っていて。


 境内に現れたのは、満月を背に立つ長身の青年。
 髪は長く、背中の真ん中あたりで軽く括り、天色(あまいろ)の狩衣に身を包んでいた。
 (まと)う神気は冴え冴えとした夜のようで。
 銀色の髪が風になびき、優しい光を放っていた。



 ――それが、我が月詠神社(つくよみじんじゃ)が祀っている神、 月 詠 尊 (つくよみのみこと)との出会いだった。
 青年はわたしを見てにっこりと笑った。逆に、両親はとても悲しそうな顔をしていた。
 父がすっと頭を下げた。
掛巻も畏き(かけまくもかしこき) 諸神等の廣前に(もろかみたちのひろまえに) 恐み恐みも白さく(かしこみかしこみももうさく)――」
「あぁ、そんなの要らぬ。普段家族に接するようにしてくれ」
 月の化身は、手をひらひらと振って父の言葉を遮った。
緩やかな動作で床に胡坐をかき、わたしを膝の上に抱く。
「ですが……」
 遠慮がちに否定しているが、そう言われる事が分かっていたのか、月神の言葉に驚く様子はない。
「俺は堅苦しいのは苦手なんだ。頼む」
「は……」
 細長い指でわたしの髪を撫でる。心地よい指の動きに眠気を誘われて目を閉じた。
 この夜の出会いから、わたしは神の妻になり、巫女になり、主になったのだ。



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