神や神の化身と人間を結婚させ、より強い縁を結ぶ。それを神婚≠ニいう。 平たく言えば、月詠尊との縁を繋げる為の人身御供のようなものだ。特殊な封をした巻物が解ければ、高村家の選ばれし巫女は問答無用で月詠尊の妻になる。 神社の神主としては嬉しいだろうが、人の親としては複雑であろう。人間の男と結婚するには、神からの三行半が必要になる。 この先、神の気が変わらなければあり得ない事。 幸いにも月詠尊は悪神ではないし、妻となった巫女やその家族の事も、神社の周辺に住む人々の事も、とても大事にしている。 月詠神社は千数百年の歴史がある。 その間、巻物が解けたのはだいたい百年から二百年周期で、巫女は複数いる。という事は、歴代の彼の妻がいて、時代は違えど一夫多妻制のような感じだ。 ――平安時代の貴族女性もこんな気持ちだったんだろうか。 「……とっても複雑よね……」 「何がだ?」 思わず口にした巫女の呟きを聞きつけ、問題の彼が傍へ近づいてきた。神だからなのか耳が良い。もしくは地獄耳。 「なんでもないよ」 見ず知らずの元妻に嫉妬なんて知られたら鼻で笑われるに違いない。 高村彩華はそれを無視して、ふと目に付いた箒に近づく。昨晩の強風で倒れたのだろう。拾い上げた拍子に、長い黒髪が肩からこぼれた。元あったように箒を置き、振り返る。 祭神である月詠尊は、今は白衣に浅葱色の袴を着用していて、普段は自ら進んで神社の手伝いをしている。腰まである銀髪は短く黒く変化させ、人にしか見えない。 ご近所には詠と名乗っており、表向きは正式な神職とは見なされない雇員として、宮掌という職階についている事になっている。 彼が月詠神社で働き出したのは二年ほど前。それから若い女の参拝客が増えたのは、いい事なのか、悪い事なのか。 今年のバレンタインにちょっとした騒ぎになったのを思い出した彩華は、ふつふつと湧きあがった怒りを押さえ込み、 「はいはい仕事仕事! 働かざるもの食うべからず!」 自分にも言い聞かせるようにわざと大き目の声を出した。 「まったく……神使いの荒い……」 ぶつくさと文句を言いつつ戻っていく詠を見送る。 (今日は祈祷もないし、授与所のみになるかな) 軽く乱れた髪を括り直し、彩華も自分の持ち場へと向かった。 |