清らかな光が地上に降り注ぐ。 空を見上げると、どこも欠けていない月が夜空に浮かんでいた。 小さな盆に瓶子と杯をひとつ。他に湯飲みをひとつ乗せ、わたしは境内の神楽殿へと足を運んだ。 「お待たせ」 柱に寄りかかって片膝を立てている男がこちらを向いた。月明かりに髪が透けて、銀色に見える。 「お前は?」 杯がひとつしかないのを見て、詠が問う。 「だって、飲めないもの」 そう言うと、詠は僅かに口元を緩めた。あの時の事を思い出したに違いない。 わたしが二十歳になった時の事だ。 お猪口にたった一杯の日本酒で顔が真っ赤になったわたしは、暫くニコニコと笑っていたが、突然ちゃぶ台に突っ伏してそのまま眠ってしまった。 家族に揺さぶられたけれど起きなかったらしい。 次の朝、事の次第を聞いて青ざめた。 未成年が隠れて飲んだんじゃあるまいし。――眠っただけで済んでよかったけれど。 「かなり弱いからな、お前」 「ふんだ。わたしには甘酒があるもん。生姜入りは冷え症にいいんだから」 むっとしたけど、こんな夜に口喧嘩をするのは無粋だ。このくらいにしておこう。 「……美味いな」 「そう? 今日、氏子さんから頂いたの」 気に入ったらしく、わたしが瓶子に手を伸ばす前に、詠は手酌で杯を口に運ぶ。 彼はごく普通の格好をしていたというのに。 その姿が、いつか観た平安絵巻と見紛った。 視線に気付いたのか、詠が手を止めて伏せていた目を上げた。そんな何気ない仕草も彼なら雅に感じる。 「飲むか?」 「いらない。また倒れたくないし」 「遠慮するな」 軽い力だというのに彼の胸に倒れこむように引き寄せられた。柔らかい舌がわたしの唇をくすぐる。 鼻腔をかすめた甘い酒精の香りに酔いかけると、詠は目を細めて笑う。 月が水面に揺れた。 |